2016年11月5日土曜日

2016アメリカ旅行14 カリフォルニア州北上 ヨセミテからマウントシャスタへ


 ヨセミテバレーを離れたのは、
 実は、
 午後2時近くに、なってしまっていました。
 
 
 まず、
 昼食に、少々、時間がかかりました。
 
 遅い朝食を、
 しかも、たっぷりと食べた、子どもたちは、
 昼食に何を食べるのか、
 選ぶのに、時間がかかりました。
 
 そして、この頃には、
 そこまで、意識して、お米を食べるようにしていたとはいえ、
 そろそろ、「日本食」が、恋しくなってきていました。
 
 そんなことから、
  レストランを見回しても、ピンと来ず、
  ショップの食品売り場を見回しても、ピンと来ず ...
 そんな状態でした。
 
 でも、ここで食べておかないと、
 次、どこで食べられるのか、分かりません。
 ここで食事を済ませ、
 一気に、進んでしまいたい考えでした。
 
 そんなとき、
 みなの視線を、一身に吸い集める物が、現れました。
 
 カップヌードル でした。
 
 厳密には、「日本食」ではないかもしれませんが、
 僕たちにとっては、まさに、「日本の味」です。
 
 しかも、日本に居るときには、
 ほとんど、口にしていないものなので、
 おかしな話ですが、
 それが、余計に、
 みなの意識を、吸い込んでいきました。
 
 レジの横には、お湯もあって
 (紅茶などを飲む人達用、でもあるようです)、
 お店の横のデッキで、食べられるとのこと。
 
 子どもたちは、それに、飛びつきました。
 まだ、たいして、お腹も減っていないと言っていたのに、
 無言で、むしゃぶりついていました ^^;
 
 すっごく、美味しかったそうです。
 
 それ以降、
 外での食事をとる際には、
 
  「せっかくアメリカに居るのだから、『アメリカ的』なものを」
 の中に、
  「アメリカで食べられる『日本的』なもの、の、調査も兼ねて」
 が、入り込んで行きました。
 
 
 また、
 ヨセミテ滝も、
 昨日、近くで眺めはしましたが、
 間近から、仰ぎ見ることは、していませんでした。
 
 せっかく、ヨセミテに来たのに、
 しかも、僕以外は、ちゃんとしたトレッキングもしていないので、
 ヨセミテバレーの中心地しか、探索していません
 (なので、なおさら、グレーシャーポイントに行っておいて、良かったです)。
 
 「北米一の落差」を、
 間近から、体感しておきたいと思いました。
 
 ところが、
 お昼過ぎは、前日同様、
 すでに、道は、車の渋滞、
 駐車場は、どこも、満杯。
 
 ヨセミテ滝の近くの駐車場には、
 停められませんでした。
 
 仕方なく、少し離れた所に、車を停め、
 そこから、歩くことにしました。
 
 ところが、
 この日も、快晴、大晴天。
 気温も高く、陽ざしも強烈。
 
 しかも、
 子どもたちは、
 お腹も満杯。
 
 歩くのが、億劫です。
 
 なんとか説得して、
 滝に向かったものの、
 結局、往復に、かなりの時間がかかりました。
 
 しかし、
 僕以外のみなにとっては、
 ようやく、滝を間近に感じ、
 ちょっとした水遊びも、再びできて、
 楽しい思い出となりました。
 
 しかも、
 改めて、
 トイレを済ますこと、水の補給、も出来て、
 
 結果、
 その後の移動にとっても、
 好都合でした。
 
  「何がどう転ぶか、分からないものだなぁ。
   こういうものって、やはり、面白いなぁ」
 と、思いました。
 
 
 さて、
 いつもながら、前置きが長くなりましたが、
 
 このような事情で、
 より一層、
 
  「一気に、進まなきゃ」
 という想いが、
 僕の頭の中心に、でんと、腰を下ろしていました。
 
  「無駄無く、早く」
 という想いが、
 同居し続けていました。
 
 ただ、
 その「想い」がありながらも、
 しかし、
 道中の景色を楽しもうとする意識は、
 くっきりと、保たれていました。
 
 あいかわらず、不慣れな、
 「右側通行、左ハンドル」への当惑も重なり、
 普段の何倍も、疲れながら、
 
 しかし、
 はじめての土地、はじめての道、はじめての光景に、
 目を、こころを、奪われ続ける、
 新鮮な、変わらず刺激的な、道程でした。
 
 
 ヨセミテ滝を、拝み見上げた後、
 エルキャピタンに挨拶をして、
 ヨセミテバレーに、別れを告げ、
 
 まずは、一路、西へと、
 道を、下って行きました。


 
 このとき、
 まず、一番、気になったこと、目についたことは、
 前述しましたが、
 樹々が、至る所で、枯れていることでした。
 
 何箇所かでは、
 山火事が起こったのか、
 あるいは、隕石でも落ちたのか、と、
 そんな、非現実的な妄想さえ、浮かぶほどの、有様で、
 それは、実に、衝撃的な光景でした。
 
 そんな光景について、
 裕子さんと、会話を交わしている間に、
 
 実に可愛らしい、
 アメリカの、『田舎町』といった風の街も、
 通り過ぎたりしました。


 
 端から端まで、300m足らずでしょうか。
 そこに、宿をふくめて、数件の店が並び、
 民家は、そこに、集約されている感じでした。
 
 
 そのうち、徐々に、樹々もまばらになり、
 その間、ずっと、道は、下り続け、
 段々と、視界が開けてきました。
 
 樹々は、緑色を保っていましたが、
 しかし、下草は、すべて、枯れ果てていて、
 「乾燥地帯」といった体でした。
 
 普段から、感想の強い地帯なのでしょう、
 用水・灌漑用のため池と思われる湖も、見られました。


 
 この間、
 ヨセミテから、
 延々と、下り続け、
 そして、延々と、車の列が、続いていました。


 
 ヨセミテは、
 想像どおりに、とても、人気のある、
 人の集まった場所だったと、
 そこを離れる道すがらも、感じさせられました。
 
 
 この「乾燥地帯」は、
 丘陵が延々と連なり、
 そこに、すこしまばらに、樹々が生え、
 
 僕には、
 どこか、
 ニュージーランドを、思い出させました。
 
 ニュージーランド(北島)の場合は、
 下草は、冬場でも、確か、青々としていたはずなので、
 その点は、大きく違うと思うのですが、
 
 どこかで、
 地面の茶色い地域を目にしていたかもしれません。
 そこと、似ているのかもしれません。
 
 一部では、乳牛や肉牛を目にしましたので、
 そんな、畜産の様子が、
 そう、連想させたのかもしれません。
 
 いずれにせよ、
 僕にとっては、
 
 心地よくて、「こころ休まる」、
 と同時に、
 大好きな雰囲気なので、「こころ高ぶる」、
 
 そんな、
 相反した感情を喚起させる地帯が、
 しばらく、続いていきました。
 
 
 そして、その先では、
 完全な、酪農地帯に入り、
 そこでは、完全に、
 ニュージーランド的、牧歌的、
 広大な田舎的、な風景が広がり、
 
 そこでは、
 文字通りの「一本道」が、
 まっすぐに、延々と、続いていました。


 
  「このまま、まっすぐに、太平洋まで突っ込むのでは ... 」
 
 そんな道でした。
 
 
 この、直線道の終盤になると、
 ようやく、酪農地帯から、農作地帯に、なります。
 
 オリーブや、りんご、くるみ、などの果樹、
 ピーマン(パプリカ?)、トマトなどの果菜、
 豆類なども、栽培されているように、見受けました
 (時速100kmほどで運転しながらなので、確かではありません ^^; )。
 
 いずれも、
 その規模に、驚かされました。
 
 ニュージーランドでも、
 キウイや、りんご、オレンジ、ポップ、
 そして、ワイン用のぶどうを育てる農園など、
 農業地帯は、ずいぶん、目にしましたが、
 
 日本の農作規模だけでなく、
 それらとも、
 まったく、規模が、異なりました。
 
 次元が、違いました。
 
  「話には、聞いていたけど ... 」
 
 完全に、声を失いました。
 
 魂に、刻まれるものが、ありました。
 
 
 そんな農作地帯の横に、
 ちょっとした町が現れ、
 そこで、
 車の給油と、人間の食料飲料補給と、
 そして、トイレ休憩。
 
 そこまで、
 海抜10mほどの地帯まで、
 一気に、駆け下りてきました。
 
 この先、すぐに、高速に入ります。
 距離としては、まだ、半分ほどながら、
 気分的には、一段落となりました。
 
 気も緩(ゆる)み、
 すこしゆっくりと、休むことにしました。
 
 そこは、日本にも系列のある、ガソリンスタンドと、
 その横に併設された、これまた、日本に系列のある、コンビニ。
 
 ガソリンスタンドは、セルフで、
 それは、日本と、大差ないのですが、
 
 コンビニは、品揃えの内容が、
 日本とは、ずいぶんと、違っていました。
 
 日本にコンビニは、
 特に、近年、
 商品内容が、とても充実していますよね。
 
 僕の暮らしているような、住宅街などでは、
 コーヒーと、一部スイーツなどは、
 コンビニが、一番、とさえ、僕は、感じることもあります。
 
 それにくらべると、
 アメリカのコンビニの品揃えは、
 
 一昔前の、日本のそれのように、
 独自に高められたクオリティーを有さず、
 
 「『田舎の万屋(よろずや)』に毛の生えた」感が、
 漂っていました。
 
 それは、
 都会近くのコンビニでも、そうでした
 (都会の中では、コンビニには、入りませんでした)
 
 (以上は、あくまで、「個人の感想」です)。
 
 日本のコンビニの、クオリティーの高さを、
 改めて、まじまじと、感じさせられました。
 
 そんなことも、
 個人的には、
 とても楽しい体験でした。
 
 
 休憩を終え、
 再び、車を走らせると、
 
 すぐに、高速道路、州間ハイウェイ5号線に入り、
 そこで、進路を北に変え、
 そこから、一気に、
 カリフォルニア州の北端まで、北上していきます。
 
 そのころ、時間は、
 もう、午後5時過ぎだったのだと、思います。
 
 帰宅の車が増えはじめていて、
 はじめ、高速上で、ノロノロ運転になるほどの、
 渋滞に巻き込まれました。
 
 頭の中に宿っていた、
 しかし、そこまでは、比較的、大人しくしていた、
 「早く! できるだけ、早く!」君が、
 むっくりと、起き上がりました。
 
 強烈な存在感を、放ちはじめました。
 
 そこで、
 その後、しばらくは、
 
 深呼吸を続け、
 そして、その『君』を、じっくりと、ハートに感じ、
 ゆっくり、ゆっくりと、小さくしていきました。
 
 そして、
 車の数が減るまでは、
 改めて、細心の注意を向けて、
 運転をしました。
 
 付近は、
 カリフォルニア州の州都、サクラメントの近くでした。
 
 サクラメントを抜けるまでは、
 なんだかんだ、車は多いままで、
 
 その後も、
 片側が、3車線ではなく、2車線のところがほとんどで、
 
 結局、
 この5号線(I-5)は、
 最後まで、ずっと、車が多いままでした。
 
 
 さて、
 サクラメントを抜けてすぐに、
 サクラメント川を、渡りました。
 
  「この源流・水源に、行くんだね!」
 マウントシャスタを、
 初めて、直接的に、感じました。
 
 距離は、まだまだ、離れていることは、分かっていましたが、
 でも、
 なんだか、ようやく、身近に感じられるところまで届いたように、
 感じられました。
 
 
 その先には、
 また、農業地帯が、
 そして今度は、
 穀倉地帯が、広がっていました。
 
 一面に、見渡す限りに、
 四角区切られた穀物が、植えられています。
 
 注意してみると、
 そのところどころに、植えられていない一角があり、
 そこをよく見ていると、
 水が、わき出していました。
 
 まちがいなく、水田でした。
 
  「あぁ、これが、カリフォルニア米だぁ!」
 
 これまた、圧倒的な、その規模に、
 なにか、日本で作っているものとは、
 まったく、別の作物を生産してるように感じても、しかたないな、
 と、思いました。
 
 根底にある考え方、基礎にある概念、前提としている事項、常識が、
 あるいは、向いている方向が、意識の向かっている先が、
 まったく、かけ離れたものであるように、感じられました。
 
  「食物を生産するとは、どういうことなのか」
 ということを、考えさせられました。
 
 昔、自分が、
 変なこだわりから、
 すべて人力で、野菜を、お米を、作っていた時のことを、
 思い返さざるを、得ませんでした。
 
 それが、
 変な自己満足や、ある種の身勝手であり、
 偏った思い込みゆえ、であったことを、
 深く、感じさせられました。
 
 とても良い体験を、することができました。
 とても深いものを、いだくことができました。
 ありがたいことでした。
 
 
 そんな穀倉地帯、農作地帯を、延々と進んでいるうちに、
 いつしか、陽は、傾き、
 そして、沈んでいきました。


 
 そんな時間になって、
 ようやく、シャスタの手前、最後の町、
 レディングに、近づいてきました。
 
 そして、そのとき ...
 ついに、シャスタの山容が、視界に入りました!
 
  「きぃ〜たぁ〜〜〜!」
 
 車内で、大人二人、
 童心に返って、叫び声をあげました ^^ 。
 
 そして、そのころには、
 大人も、子どもも、
 もう、お腹がすいて、限界でした。
 
 レディングに着いたときには、
 誰一人、
 そこを、素通りできる状態では、ありませんでした。
 
 もう、ここからは、
 約1時間で、シャスタまで、着けるはずです。
 
 この時点で、
 すでに、夜の9時。
 
 宿に電話を入れ、
 状況を伝えると、
 遅くなっても、大丈夫とのこと。
 
 安心して、ゆっくりと、
 夕飯を食べることにしました。
 
 
 ここまで、
 アジア料理は、
 セドナでの、タイ料理、一度のみ。
 
 昼の、カップヌードルで、
 より、くっきりと、
 アジアンを食べたくなっていました。
 
 そこで、
 アメリカに来て初めて、
 中華を食べることにしました。
 
 といっても、
 もう、時間も時間ですし、
 町の規模からして、
 探しても、さほど、チャイニーズは無いのでは。
 
 そう思い、
 チェーン店である、
  " Panda Express "
 にしてみることに、しました。
 
 考えれば、
 もう、夜の9時。
 
 着いてみれば、
 スーパーなどは、閉まっているところが多く、
 
 チェーン店とはいえ、
 目的の、中華屋さんが、開いていてくれて、
 ありがたい限りでした。
 
 僕たちは、みな、
 主食を、「焼きそば、玄米、白米、チャーハン」から選べ、
 それに、好きなおかずを、2種類選べるセット、にしました。
 
 店員さんが、
 麺も、ごはんも、おかずも、
 すべて、大盛りで、よそってくれて、
 皿から、こぼれんばかり ...


 
 それを、みな、
 取り憑かれたかのように、
 かき込み、ほお張り、流し込んでいました。
 
 味は、
 正直、
  「もし、これを、日本で食べたとしたら ... 」
 という感じではありましたが
 
 (これも、あくまで、「個人の感想」です)、
 
 でも、このときは、
 みな、大満足で、
 こころから、エンジョイしました。
 
 
 さあ、もう、
 あとは、無事に、宿に着くだけ。
 
 そして、そこは、
 もう、マウントシャスタです。
 
 時間にして、
 ここからは、1時間ほど。
 
 最後の、一踏ん張りです。
 
 ところが ...
 
 この「一踏ん張り」が、
 大変でした。
 
 僕にとっては、
 それが、
 「一」では、ありませんでした。
 
 
 はじめは、
 食事にも満足し、
 休憩も取れて、一息つけて、
 順調そのものでした。
 
 ところが、
 割とすぐに、
  「あれ、やばいな」
 と、感じました。
 
 普段、その気配すら感じることが無いほどの、
 大物の、どっしりとした、重々しいほどの、
 『睡魔様』が、
 
 足音を立てて、一歩ずつ、着実に、
 近づいて来ていることを、感じたのです。
 
 それも、結構な速さです。
 
 そして、その剛腕は、
 一気に、僕の頭を、つかみました。
 
 ビックリするほどの眠気が、
 僕の脳の内側から、
 僕を乗っ取りにかかりました。
 
 それは、
 僕の意思力ごときには、
 とても抗えないほどの、猛者でした。
 
 勝敗は、
 あっけなく、つきました。
 
 僕は、
 『睡魔様』の配下に下ることになりました。
 
 ふっと傾き終わった、
 自分の頭の動きに、気づき、
 
 車を運転中ながら、
 「『船』を漕いでいる」ことに、
 気づきました。
 
  「あっ、だめだ」
 そう、認識できたときには、
 もうすでに、二漕ぎ目に、入っていました。
 
  「あぁ、このまま、漕ぎ続けてしまいそうだ ... 」

 恐るべき速さで、遠のく意識の中で、
 
 かろうじて、
  「やばい、ねむい ... 」
 という音を、発することが、できていました。
 
 そして、それを、
 幸いにも、裕子さんが耳にしてくれていました。
 
  「大丈夫? 運転、代わろうか?」
 
 その声を聞いて、
 いったん、『睡魔様』の元を離れることができ、
 
 状況を、
 裕子さんに伝えることができました。
 
 その後は、
 裕子さんが、
 音楽を聴かせてくれたり、
 肩をもんでくれたり、
 声をかけてくれたり、
 
 さまざまな方法で、刺激を与えてくれて、
 どうにかして、
 醒まさせてくれようと、してくれました。
 
 
 思い返してみれば、
 その日、
 
 朝4時半に起きて、
 トレッキングをして、
 
 そして、午後には、
 約8時間にもおよぶ、長距離ドライブ。
 
 疲れていて、当然でした。
 
 ところが、
 そこまで、ずっと、
 強行軍での移動が、当然だったこと、
 
 旅行をしている・アメリカに居るという興奮で、
 神経が高ぶっていたこと、
 
 そんなことなどで、
 「自分が、疲れている」という自覚が、
 まったく、ありませんでした。
 
 そして、そこに、加わった、
 満腹感。
 
 眠くなって、当然でした。

 
 ただ、
 この眠気、生半可ではありませんでした。
 
 裕子さんの、あらゆる協力も、
 この『睡魔様』には、痛くも痒くもないようでした。
 
 僕は、着実に、配下に下っていき、
 そして、
 もう、戻って来られないところまで、行ってしまいました。
 
 105kmほどの、制限速度だったと思いますが、
 そんな、高速道路の上で、
 僕は、たびたび、60kmほどまで、
 速度を落としてしまっていました。
 
 上り坂に入っていたとはいえ、
 遠のく意識で、
 アクセルを踏み込む、足の力が抜けていき、
 何度も何度も、速度を落としました。
 
 その度に、
 裕子さんが、大きな声をかけてくれて ...
 
 そんなことを、
 何度も何度も、繰り返していました。
 
 横に居た、裕子さんは、
 相当、怖かったことと思います
 (ごめんなさい)。

 また、
 そのとき、僕の車を追い抜かすことになった、
 多くの車のドライバーさんたちは、
 さぞ、運転しづらかったことでしょう
 (みなさん、ごめんなさい)。
 
 
 そんな中にも、
 すこし、意識が強まったり、
 という時間もあり、
 
 高速を降りる地点が近づいていることは、
 把握できていました。
 
 そして、その地点で、
 間違えること無く、
 降りて、
 
 一般道に、入ることができました。
 
 もう、ここからは、
 宿まで、10分ほどだと思います。
 
 一安心です。
 
 ところが。
 
 ここから、
 もう一度、
 『睡魔様』の、最後の抵抗に、やられてしまいます。
 
 もう、戦いも、最終盤。
 機会が限られていることを、
 敵も、分かっていたようです。
 
 最後の猛攻を、仕掛けてきました。
 
 その攻撃に、
 僕も、完全に、撃沈。
 
 道路の上で、
 車を、完全に、停めてしまっていました!
 
 そのとき、
 後ろからは、
 トラックが一台、
 高速で近づいて来ていました!
 
 慌てて、
 路肩に、車を寄せ、
 トラックをやり過ごし、
 
 ここで、もう一度、
 意識を取り戻しました。
 
 これで、完全に、
 『睡魔様』との戦いも、終焉しました。
 
 いったん、「完敗」したことにより、
 戦いが終わり、
 その結果、
 『結果として』、「勝つ」ことができました。
 
 興味深い体験でした
 (なんて言ってて、ごめんなさい、裕子さん)。
 
 
 最後、
 まったく街灯などの明かりが無い、
 真っ暗闇の中を、
 
 宿に向かって、入っていく道を見つけるのに、
 とても手間取りましたが、
 
 でも、どうにか、
 宿にたどり着ことができました。
 
 車を降りると、
 煌めく星たちが、
 まばゆく、見えていました。

 空気は、
 すこし特有の、
 重く、湿った感じがしていました。
 
 そのとき、時刻は、
 すでに、
 夜中11:20に、なっていました。