このブログのタイトルを、
『 迷悟(めいご) 』
としました。
これは、
『 迷悟一如 (めいごいちにょ) 』
という言葉からとったもので、
goo辞書によれば、
「迷いや悟りといったものに、囚らわれることはないという意」味だそうで、
「迷いも悟りも本来は同一のもので、たどりつくところは一つであるということ」
だそうです。
また、すてきな書とともに、こんな解説をされてるサイトもありました。
近藤朱鳳 diary: 迷悟一如
「迷わぬ者に悟無し」と言われるように、
「迷い」、「憂い」、「悩み」の中から悟は生まれるもの。
故に、迷悟は一体であるという意味。
「 たどりつくところは一つである 」
津留さんのメッセージの、もっとも好きな部分が、端的に言い表されていました。
このブログ内の記事の、ここやここにすでに引用しましたが、
右の道を行けば右の体験があり、左の道を行けば左の体験がある。
その体験に、良いも悪いもないのであり、
それらの体験をし尽くせば、一なる神へと戻っていく。
われわれは存在そのものであり、存在に価値があり、
そして、生きること、生きて体験することがその役割である。
このメッセージが、津留さんのメッセージの核心(の一つ)だと思ってます。
もっとも好きで、もっとも楽にしてくれたメッセージです。
それを端的に言い表す言葉から、ブログ名をつけました。