2016年11月1日火曜日

2016アメリカ旅行12 ヨセミテ国立公園3 グレーシャーポイント


 ヨセミテバレーを出て、1時間弱で、
 無事に、
 グレーシャーポイント(Glacier Point)に着きました。
 
 昼間の渋滞は、
 予想どおりに、解消されていて、
 すんなりと、たどり着くことができました。
 
 そして、 着いてみても、
 人の数は、「混雑」というほどではなく
 (それでも、やはり、多くの人々で、賑わっていました ^^ )、
 駐車場にも、すぐに、停められて、
 
  「このような流れになって、良かった」
 と、
 改めて、思いました。

 
 グレーシャーポイントは、
 ヨセミテ随一の、「展望ポイント」で、
 
 ヨセミテバレーの、外にあり、
 ヨセミテバレーの、縁(ふち)にあります。
 
 ヨセミテバレーから、
 車で、約1時間かけて、
 およそ1,000m、上って行った、
 
 バレー(谷)を取り囲む、
 断崖の、縁の、一箇所です。
 
 なので、
 ヨセミテを、遥(はる)か、見渡すことができる、
 と同時に、
 ヨセミテバレーを、真上から、見下ろすことができます。
 
 車がないと、
 なかなか、訪れようとは思わないかもしれませんが、
 ヨセミテに行かれた方は、
 ぜひ、訪れることを、強く、お薦めいたします ^^ 。
 
 特に、子どもが居る場合などは、
 トレッキングなどが、難しいと思いますので、
 歩く必要なく、絶景が見られる、
 ここ、グレーシャーポイントは、
 外せないばしょでは、と、思います。
 
 
 さて、
 ヨセミテバレーを出たのが、遅かったので、
 グレーシャーポイントに着いたときには、
 もう、陽射しは、横向きでした。
 
 まず、目に入ってきたのは、
 ヨセミテの象徴、
 ハーフドームでした。
 
 横からの陽ざしを受けた、
 ハーフドームを、
 真横から、ほぼ同じ高さから、
 眺めることができました。


 
 横から眺めてみると、
 ハーフドームは、
 シャチそっくりでした! ^^


  「丸い目」があり、
 腹側は白く、
 まるで、愛らしいシャチそのもの ^^

 その、ハーフドームを、
 陽が当たらなくなり、
 周りが、
 オレンジから、薄紅くなるまで、
 ずっと、眺めていることができました。



 
  「ほんとうに、ほんとうに、
   この時間に来る『流れ』になって、良かった!」
 
 こころから、そう、思いました。
 
 陽ざしは、
 変わらず、強烈なままの、一日でしたので、
 
 エルキャピタンの横に、
 沈み行くときには、
 太陽は、鮮烈な輝きを置き土産に、
 消えて行きました。


 
 
 グレーシャーポイントから覗くと、
 眼下には、ヨセミテバレーが、一望でき、
 
 そして、すぐ真下には、
 今日、僕たちが泊まるロッジが、見下ろせました。
 
 しかし、
 その高低差、975m!
 
 覗き見るときの怖さと、
 「すぐ真下」ながら、約1,000mの距離とで、
 
 どの建物であるかは、
 確認できないほどでした。




 その分、
 見晴らしは、最高でした。
 
 日が沈み、
 薄暗くなってからも、
 飽くことなく、ずっと、
 
 刻々と変わりゆく、色彩や明度を味わいつつ、
 ヨセミテを、眺め続けていました。
 
 そのころには、
 あの、暑かった気温も下がり、
 肌にも、心地よさが、沁み込んできていました。










2016年10月21日金曜日

津留さんお墓参り2016


 昨日、
 まるで、夏を思わせるような、
 気温と陽ざしの中、
 
 裕子さんといっしょに、
 津留さんのお墓参りに、
 行ってきました。
 
 いつものように、
 お花を供え、お線香をあげて、
 手を合わせてきました。
 
 
 そういえば、
 津留さんのお墓の前で、
 
  「安らかにお眠りください」
 とは、
 言ったことが、ないですね。
 
 津留さんが、
 「安らかではない」はずがないし、
 「眠っている」わけがない、
 と、
 思っているからですね ^^ 。
 
  「おかげさまで、このように生きています」
 と、
 感謝を伝えました。
 
 前稿のとおり、
 それを、『そこ』で、言う『必要』は、ないけれども、
 
 でも、
 『そこ』で言うと、
 『自分』の気持ちが、
 スッキリ・くっきりします。
 
 それをしに、
 行ってきました。
 
 
 お墓に行って、気にとまったことが、
 一つ、ありました。
 
 津留さんの墓石の、すぐ横に、
 たんぽぽの「頭花」(綿毛の集まったもの)が、
 ひとつ(一輪?)、ありました。
 
 それが、
 津留さんの墓石に、
 垂れかかるように、ありました。
 
 そのことが、
 気にとまりました。
 
 
 ちょうど、先週、
 個人セッションに、
 来てくださった方が、
 
 たんぽぽの「頭花」を使った、
 たとえ話を、
 聞かせてくださっていたのです。
 
 その内容は、
 
  「ふつう、人は、
   ティッシュを、一枚一枚、取るように、
   『ブロック』を、とっていくが、
   
   『覚醒状態』になると、
   たんぽぽの頭花を、ふーっとするように、
   一吹きで、一気に、
   『ブロック』が、とれてしまう」
 
 という、ものでした。
 
 インドの覚者さんの使われている、
 たとえ話のようです。
 
 それを、お聞きしたときに、
 
  「たしかに、
   そういうものなのだろうなぁ。
  
   そして、
   僕がお手伝いしているのは、
    『ティッシュを、一枚、一枚、取ること』
   だし、
  
   僕自身の浄化も、
    『ティッシュ、一枚一枚』
   だなぁ」
 
 と、思ったのです。
 
 ちょうど、
 そんなことを聞き・思った翌週に、
 そのような光景を目にしたので、
 
 そのことに、
 意識が向きました。
 
 そして、
  「面白いものだなぁ」
 と、
 感じました。
 
 
 津留さんは、
 一般的に言えば、
  『たんぽぽ』
 の状態だったでしょうね。
 
 そして、
 実際、
 多くの『ブロック』を、
 
 たんぽぽの種を飛ばすように、
 ふーっと、
 一息で、飛ばしてしまったのでしょうね。
 
 そんなことを、
 象徴しているように、感じられました。
 
 
 しかし、
 同時に、
 
 綿毛がしっかりと残っていた、
 津留さんのお墓の横の、
 たんぽぽの頭花を、目にして、
 
  津留さんといえども、
  まだまだ、手放せていない『ブロック』だらけだった
 
 ということを、
 象徴しているようにも、感じられました。
 
 このことは、実際、
 津留さん自身が、
 講演会で、言っていたことですし、
 
 冊子『浄化の旅』には、
 晩年、日々、浄化を続けていた様子が、
 書かれています。
 
  「『ブロック』だらけで、いいじゃない。
   『人間』だもの」
 
 そう、
 津留さんが言っているようにも、感じられました。
 
 
 その後、
 墓参りを済ませ、
 墓地を後にしたとき、
 
 もう一つ、
 考えが浮かびました。
 
 それは、
 比較的、リアルに、
 津留さんが語りかけてくれているような、
 感じがしました。
 
  「でもさ、
   『ふー』って、吹き飛ばしちゃっても、
   いいんだよ ^^ 」
 
 そんな声が、
 聞こえるかのような、感覚でした。










2016年10月17日月曜日

津留さん17回忌


 今日は、
 津留さんの命日。
 
 亡くなって、16年が経つので、
 ちょうど、
 「17回忌」ということに、なりますね。
 
 当時をご存知の方には、
 時の経過というものに、
 感慨深いものがおありなのでは、
 と、推察いたします。
 
 
 さて、昨日は、
 津留さんの命日を前に、
 津留さん交流会を行いました。
 
 そして、今日は、
 募集していた、個人セッションへの、
 お申し込みがありませんでした。
 
 そんな流れから、
 昨夜、妻と二人で、
  「じゃあ、津留さんのお墓参りに行こうか」
 と、話していました。
 
 ところが、
 今朝、起きてみると、
 屋根を激しく叩きつけるほどの、
 雨
 
 (天気予報を知りませんでしたので、
  ビックリしました)。
 
 しかも、
 朝のうちに、終わらせるべき用事が、
 雨ということもあり、
 予定より、長引きました。
 
 午後からは、
 別の用事があったため、
 その前に、
 お墓参りをしようかと、思っていたのですが、
 
 そんなわけで、
 どうも、時間的にも、
 そして、天候的にも、
 どうやら、できそうもありません。
 
  「それじゃぁ、まあいいか」
 と、いうことに、なりました。
 
 そのとき、
 津留さんが、
 
  「私は、お墓には居ません」
 と、
 言っているように、思いました。
 
 確かに、そのとおり、
 ですよね。


 でも、
 僕は、
 津留さんのお墓に行くと、
 
 何か、普段は、漠然と感じている、
  「津留さんへの、感謝の気持ち」のようなもの
 を、
 より、明確に、認識できるように感じます。
 
  「津留さんという存在」
 を、
 より、はっきりと、感じられるような気がします。

  この活動をしている上で感じる、
  自信の無さや、戸惑い、不安
 といったものを、
 なにかスッキリと、させることができます。
 
 僕にとって、
 津留さんのお墓に行くことは、
 「僕にとって」、
 気持ちよく、楽しく、ありがたいことです。
 
 
 なので、
 そのうち、天気のいい日にでも、
 お墓参りに、行ってこようと思っています。









2016年10月6日木曜日

2016アメリカ旅行11 ヨセミテ国立公園2 ヨセミテバレー


 ヨセミテバレーには、
 昼前に、
 到着しました。
 
 まず、
 バレーの中には、入り入らずに、
 
 もう一つある、別の出入り口から、
 いったん、
 外に出ようとします。
 
 そこに、
 展望所、トンネルビュー ( Tunnel View ) があります。
 
 そこからは、
 ヨセミテバレーの様子が、一望できます。
 


 まず、
 手前、左手には、
 エルキャピタン( El Capitan )の巨石が、
 威圧するような存在感で、
 せり出しています。


 
 その向かい側、
 向かって右手には、
 ブライダルヴェール滝(Bridalveil Fall)も、
 見えています。


 
 そして、なにより、
 正面奥には、
 
 今度は、
 ついに、正面から、
 ハーフドーム( Half Dome )を、
 見ることができました。
 


  「ついに、来た!」
 そう、感じました。
 
 しばし、その場から、
 『ヨセミテ』を、
 眺めていました。
 
 (それにしても、
  いま、こうして、改めて、写真を見ていても、
  本当に、いい天気ですねぇ。
  
  好天に恵まれて、
  おかげで、このように美しい景色を見られたことに、
  こころから、感謝です。)
 
 
 さて、
 時間的には、
 ちょうど、お昼。
 
 バレーの中に入っていって、
 ランチをするには、
 ちょうどいい時間です。
 
 ですが、
 僕らは、ここで、
 
 限られた滞在時間で、
 『効率的』に、
 ヨセミテを満喫するために、
 
 そのまま、
 さらに、外に出て行って、
 もう一つの展望ポイント、
 
 グレーシャーポイント(Glacier Point)へ、
 先に、行ってしまうことにしました。
 
 グレーシャーポイントへは、
 トンネルビューからでも、
 片道1時間近く、かかりますので、
 
 サッと見てきたとしても、
 戻ってくると、
 午後3時近くになっている計算です。
 
 こどもたちは、
 間違いなく、
 お腹をすかせてしまうことでしょう ^^; 。
 
 それでも、
 バレーの中を、行ったり来たりする『無駄』を、
 省きたいと考えました。
 
 そこで、
 昼食のことは、置いておいて、
 
 僕の独断で、
 
 そのまま、
 グレーシャーポイントへ、向かうことにしました。
 
 ところが。
 
 グレーシャーポイントへ向かって、
 20分ほど、進んだところだったと、思います。
 
 車の渋滞が、突然、現れ、
 そこに、レンジャー(ヨセミテ国立公園のスタッフ)が、居ました。
 
 車を、一台一台、さばきながら、
 ドライバーに向かって、
 何か、説明をしています。
 
 僕の番になりました。
 
  「いま、展望所は、たいへんに混んでいて、
   車は、この先には、進めません。
   
   すぐそこに駐車をして、
   シャトルバスで、展望所まで往復するか、
   さもなければ、後で、もう一度来てください。
   
   午後2時過ぎには、
   この混雑も、緩和される見通しです。」
 
 何か、
  「『頭』で『計算』して、
   無理して、必死に、効率的に、
   動こうとしたことを、
   難なく、突っぱねられた」
 感じがしました。
 
  「流れ」に、「すべきこと」に
   修正させられた
 気がしました。
 
 結局、かえって、
 そこまでの往復の時間を、
 無駄にしてしまった格好です ^^; 。
 
 大人しく、引き返し、
 バレーで、昼食とすることにしました。
 
 
 お昼は、みなで、
 ハンバーガーを、食べることにしました。
 
 それにしても、
 バレーの中は、やはり、混んでいます。
 
 道も、2車線もあるのに、
 車が、びっしりです。

(この写真の、両端1車線ずつは、駐車帯です)

 途中、
 エルキャピタンや、ヨセミテ滝を、
 窓越しに、眺めることができたのですが、



 
 幸か不幸か、
 渋滞の、ノロノロ運転のおかげで、
 ゆっくりと、眺めることができました。
 
 駐車場に着いても、満杯で、
 停めるのにも、
 けっこうな時間がかかりました。
 
 そんなこんなで、
 みな、ずいぶんと腹ぺこで、
 お昼ご飯となりました。
 
  「グレーシャーポイントに、行けなくて、
   よかったなぁ」
 と、つくづく、思いました。
 
 
 お昼ご飯は、
 ハンバーガーを買って、
 食べることにしました。



 僕は、
 ターキー(七面鳥)のバーガーにしました。
 
 アメリカでは、
 サンドイッチなど、
 よく、ターキーが売られていました。
 
 ニュージーランドでの、
 クリスマスや感謝祭で、
 とても美味しいターキーを食べた経験から、
 
 選択肢に「ターキー」があるときには、
 迷わず、それを選んでしまいます。
 
 日本では、
 なかなか、出会えないですしね。
 
 ただ、
 アメリカのターキーは、
 
 個人的な印象としては、
 少々、パサついていて、
 味(うまみ)も、少々、薄いように感じ、
 少々、残念でした。
 
 でも、
 ハンバーガーとしては、
 十分に美味しく、味わえました。
 
 
 ところで、
 ハンバーガーを食べ始める前のことでした。
 
 隣のテーブルに座っている少女が、
 僕たちの席のほうを見つめては、
 ニコニコとしていることに、気づきました。
 
 はじめは、
 うちの娘の仕草・行動などを、
 おもしろがって、見ているのかと、
 思ったのですが、
 
 よくよく、その視線をたどり、
 その、「柔らかな」笑顔を見ていると、
 そうではないことが、分かりました。
 
 その視線の先には、
 リスがいました。
 
 僕たちのテーブルの下に、
 リスが、居たのです。
 
 リスは、
 テーブルからテーブルへと、走り回り、


 
 エサを手に入れると、
 一部は、その場で食べ、
 一部は、ほほに貯めて、
 巣に運んでいるようでした。
 
 ここでは、
 動物にエサを与えることが、禁じられているので、
 
 誰も、
 食べ物をあげてはいないのですが、
 
 こどもは、どこの国でも、
 食べこぼしてしまいますよね。
 
 それをねらって、
 テーブルからテーブルへと、
 ひっきりなしに、
 捜索をしているようでした。
 
 だからか、
 こどもが居るテーブルには、
 何度も何度も、出現していました。
 
 僕たちのテーブルにも、
 娘の食べこぼし目当てに、
 何度も、やって来てくれました ^^ 。
 
 娘は、
 初めて目にする、野生のリスに、
 しかも、こんなに間近で見られるリスに、
 その、愛らしい様子に、
 一瞬で、虜(とりこ)になってしまいました。


 
 普段は、
 もう、無心で、食事をほおばるのに、
 
 このときは、
 リスが気になって気になって、しかたありません。
 
 リスを見つつ、リスの写真を撮りつつ、
 普段の倍以上の時間をかけて、
 昼食を終えました。
 
 
 ここで、
 時間は、ちょうど、午後2時となりました。
 
 ホテルに、チェックインできる時間です。
 
 そこで、
 まず、ホテルに行って、
 荷物を下ろし、
 
 それから、
 改めて、
 ヨセミテを観光することにしました。
 
 ホテルの駐車場に着くと、
 まず、鹿たちが、お出迎えしてくれました。
 
 柵越しとはいえ
 (しかも、「柵」といっても、ただのロープ ^^ )、
 ほんの3m足らずの距離のところに、
 慌てる素振りも無く、横たわる、鹿。




 
 ヨセミテでの、動物の「濃さ」を、
 ここでも、さっそく、実感しました。

 
 ホテルは、
 今回、ロッジを取ることができました。
 
 ご覧のとおりの、
 とても簡素な外見ですし、


 
 実際、中も、
 このように、簡素でした。


 
 でも、
 車が渋滞して、動けなくなるほどの、
 人気のヨセミテバレーの中に、
 
 しかも、
 「簡素」とはいえ、
 僕たちにとっては、十分に清潔で、
 
 しかも、
 バス・トイレ付きの施設に泊まれて、
 
 とてもラッキーだったと、
 思っています。
 
 事前に、ネットで見ていた以上に、
 きれいで、清潔で、
 雰囲気のある施設に、
 
 一同、
 改めて、テンションも上がりました ^^ 。
 
 
 宿の様子も確認でき、荷下ろしもできたところで、
 安心して、改めて、
 ヨセミテ観光に出かけました。
 
 ここまで、配慮はしてきましたが、
 しかし、基本的には、ずっと、
 大人の都合を優先させてきましたので、
 
 ここでは、まず、
 子どもたちが喜ぶであろうことを、
 たっぷりと、することにしました。
 
 車で、宿を出ると、
 やはり、さっそく、
 車の渋滞の列です。
 
 その、「列の中」から、「窓越し」の観光をしつつ、
 往き道に、当たりを付けた辺りに、向かいました。
 
 車を停めたのは、
 ヨセミテ滝( Yosemite Falls )の前。
 
 北米大陸で最大の落差(739m)を誇る滝を、
 そこからは、正面に、
 (ほぼ)全景、見ることができます。


 
 冬に降った雪の、溶け出た水が流れる、
 その滝は、
 
 春から夏に向かって、
 だんだんと、水量を減らし、
 その幅を狭めていき、
 
 多くの年には、
 8月にもなると、流れが無くなり、
 滝そのものが、見えなくなる(無くなる)そうですが、
 
 幸い、僕たちは、
 その姿を、眺めることができました。

 
 ただ、
 そのときは、
 僕たちは、滝とは反対側に、歩いて進みました。
 
 向かった先には、
 当たりを付けていたとおりに、
 希望どおりの光景が、広がっていました。
 
 適度な深さ、
 適度な流速、
 そして、透明な水。
 
 そこには、川泳ぎをするには、格好の状態の、
 マーセド川( Merced River )が、ありました。


 
 水に手をかざしてみると、
 水温は、もちろん、冷たいものの、
 泳げないほどでは、ありません。
 
 しかも、この日の、快晴のヨセミテバレーは、
 午後2時を過ぎた時点で、
 確実に、摂氏35℃を超えるほどの、暑さでした。
 
 日本に比べれば、
 圧倒的に、湿度が低いため、
 「不快さ」は、さほど、無いものの、
 
 しかし、ある意味、
 「うだる」という表現は、当てはまるほどの、
 厳しい暑さでしたので、
 
 「冷たい」と感じる水の中に、
 子どもたちと一緒に、
 嬉々として、飛び込んで行きました。
 
 全身で、『ヨセミテ』に、浸かりました。
 
 皮膚すべてで、
 『アメリカ大陸』を、濃く、味わいました。
 
 『アメリカ』に来ている実感が、
 また一段、増しました。
 
 水深は、大人がちょうど、足が着くか着かないか。
 流れは、淀んで、緩やか。
 道からは離れていて、人も少なめ。
 
 期待していた以上の、
 絶好の場所でした。
 
 しかも、
 正面には、センチネルロック( Sentinel Rock )、
 
 振り返った後ろ側には、
 さきほどのヨセミテ滝が、見えています。
 
 そんな中、
 エルキャピタンによって陽が陰り、
 身体が冷えてしまうまでの、長い時間、
 
 たっぷりと、
 川遊びを堪能しました。
 
 子どもたちも、
 大満足の、様子でした。
 
 
 さあ、
 時は、夕刻。
 
 再び、
 グレーシャーポイントに向かう時間です。
 
 もう、間違いなく、
 渋滞も、解消されていることでしょう。
 
 水遊びで、すっかり疲れ果て、
 シートに座るや、眠り込んだ、子どもたちを連れ、
 
 改めて、
 車を、バレーの外に、進めました。










2016年9月9日金曜日

2016アメリカ旅行10 ヨセミテ国立公園1 タイオガロード(Tioga Road)


 マヤ暦の新年を、無事に、迎えられた、
 7月26日。
 
 この日も、
 早朝、まだ暗いうちに起きて、準備を整え、
 そして、ホテルを発ちました。
 
 この日も、また、快晴。
 
 グランドキャニオンで、
 夕立に、身体を清められた時、
 
 セドナで、
 黄金色の夕日を映し出す、
 天井のスクリーンのような雲が、出た時、
 
 それ以外にも、
 ときおり、
 雲が出たりは、していましたが、
 
 でも、おかげさまで、
 基本的には、ずっと、
 快晴が続いていました。
 
 とはいえ、
 そのおかげで、
 
 容赦ない陽射しを受け、
 日本では体験できないような気温を、
 味わうことにも、なってきたわけですが ... ^^;

 
 そして、
 『新年』『元日』に相応しく、
 この日も、また、
 快晴。
 
 高い標高(2,400m)、
 森の中、
 ゆえの、
 キリッとした、清々しい空気の中で、
 
 ご来光を、
 拝むことができました。
 
 遮るもの無く、降りてきた、
 陽射しが、
 
 身体の芯まで、
 入ってきました。
 
 『新年』『新時代』を、
 肉体に、
 取り込むことができた、気がしました。
 
 
 今日、そして、明日、
 この2日間は、
 
 「ヨセミテ( Yosemite )」を満喫することが、
 目的です。
 
 「ヨセミテ国立公園」は、
 
 そそり立つ、
 シルバーグレーの、花崗岩の大きな岩山や、
 
 そこから降り落ちる、
 いくつかの、大きな滝、
 
 そこからの流れが、
 美しい草原や、大きな樹々の間を、縫い進む川、
 
 そして、
 多種の、貴重な動植物。
 
 それらを、
 広大な敷地の各所で、見ることができ、
 
 かつ、同時に、
 
 「ヨセミテ・バレー( Yosemite Valley )」という、
 限られた一角では、
 それらを、
 集約的に、見ることもできることから、
 
 国内外の、広く、多くの人々に、
 人気となっている、
 
 世界遺産(自然遺産)です。

 
 前半の、
 グランドキャニオン・セドナと、
 
 後半のメイン、
 マウントシャスタとの、
 間にあることから、
 
 裕子さんが、
 はじめから、
 予定に組み込んでいた、目的地だったのですが、
 
 正直に言うと、
 僕は、
 それまで、
 
 ヨセミテのことは、
 あまり、知りませんでした。
 
 でも、調べているうちに、
 見られる景色や、
 トレッキングルートなどに、
 すごく、興味が湧いてきました。
 
 それに、
 はじめは、
 ヨセミテ公園内外の、宿泊施設が、
 満室で、取れなかったのですが
 
 (なので、最初の段階では、
  150km離れたところまで、戻って、
  1泊する予定でした)、
 
 おそらく、キャンセルが出たのでしょう、
 出発2週間ほど前になって、
 ヨセミテバレー内のロッジが、
 予約できました ^^v 。
 
 その段階なって、
 俄然、気持ちと興味が、盛り上がり、
 
 実は、
 今回の旅行では、
 マウントシャスタと同じくらい、
 セドナよりも上なくらい ^^; に、
 楽しみにしていました。
 
 
 実際に、訪れてみて、
 やはり、素晴らしいところでした。
 
 特有の美しい光景が、
 各所で見られるなど、
 
 たくさんの人々が、
 この場所にやって来る、
 その理由が、分かりましたし、
 
 なにより、
 その人々が、
 こころから、この場所を、楽しんでいる、
 その「雰囲気」が、
 素晴らしく、楽しく、
 
 それゆえに、よけい、
 素晴らしいところだと、感じられました。
  
 
 ただ、
 残念なことも、気がかりなことも、
 ありました。
 
 実は、
 「枯れ木」が、とても、目につくのです。
 
 ヨセミテ公園内は、
 まだ、それほどでもない、
 との印象を持っていたのですが、
 
 ですが、
 この写真を見て、
 改めて、振り返ってみて見ると、
 
 やはり、
 ヨセミテバレーでも、枯れ木が目立ちますね。


 そして、さらに、
 ヨセミテ公園の外に出ると、
 それらが、とても、目につくようになります。
 
 かなり控えめに言って、
  「とても」
 という感じで、
 
 実際のところ、僕たちは、
  「えっ。何があったの?
   山火事でも、あったのかな?」
 と、話したほど、
 
 枯れ木だらけの箇所が、
 何箇所もあって、
 
 場所によっては、
 とても広範囲に、広がっていました。
 
 裕子さんが調べたところでは、
 近年、立て続けに、
 記録的な渇水の年が、続いているようで、
 
 もしかしたら、
 それが原因であり、
 
 そして、もしかしたら、
 「それだけ」が、原因なのかもしれませんが、
 
 矢野智徳さんの話を伺った経験からすると、
 もっと根本的な原因があるような気がして、
 とても気になりました。
 
 ヨセミテのような、
 世界的人気を誇る、
 自然公園・世界自然遺産でさえ、
 
 このような状況になっていることに、
 危惧の念を抱きました。
 
 僕たちは、
 自然環境に対する活動・行動を、
 頭で思っている以上に、
 早く、深く、することになるかもしれないと、
 感じました。
 
 
 さて、話は戻って、
 この日の朝。
 
 マンモスレイクを出て、すぐ、
 森に入りました。
 
 これまで、
 砂漠のような、乾燥地帯を、
 延々と、走ってきていたので、
 
 しっかりとした、森の中を走るのは、
 やはり、なにか、
 ほっとしました。
 
 その森も、すぐに終わり、
 そこから先は、
 シルバーグレーの色合いが、
 目につくようになってきます。


 ヨセミテが、近いことを、
 肌で、感じるようになってきました。
 
 
 ホテルを出てから、
 30分ほど進んだところで、
 道を、
 左(西)に、曲がります。
 
 ここから、
 タイオガロード(カリフォルニア州道120号線)に、
 入ります。
 
 おそらく、
 ヨセミテを訪れる、多くの人々は、
 サンフランシスコ方面(西)から、
 やって来るので、
 
 よほど時間がないと、
 この道を走ることはないかもしれませんが、
 
 裏側(東)からアプローチした、
 僕たちは、
 この、タイオガロードを、
 たっぷりと、走ることができました。
 
 ヨセミテ国立公園の、大部分は、
 ヨセミテバレーの、北側に、
 広大に、広がっていて、
 
 この、タイオガロードは、
 そこを、横断するように、走っています。
 
 ですから、
 ヨセミテバレーだけだと、
 見られない、感じられない、
 
 広々とした、雄大な光景を見たり、
 広大な草原を見たり、
 湖を見たり、
 
 広々とした感覚、高原感を、
 感じたりと、
 
 この道を、通ったおかげで、
 それらを、たっぷりと、
 見・味わうことができました。





 
 宿泊した、マンモスレイクが、
 標高2,400mと、
 かなり、高いところにありましたが、
 
 タイオガロードの入り口は、
 一度、標高2,100mまで、下り、
 
 しかし、そこから、
 タイオガ峠まで、
 一気に、約1,000m、上っていきます。
 
 タイオガ峠は、
 標高が、3,031mありました。
 
 僕個人としては、
 地面に接した状態としては、
 もっとも、高い場所に行ったことになります。
 
 そこでは、前日までの、
 「オーブンの中」のような暑さから、一変、
 
 相変わらずの、強い陽射しを受けていながら、
 ひんやりとした、涼しさすら、感じられました。
 
 
 この、峠から、
 いよいよ、
 ヨセミテ国立公園に、入ります。
 
 道路の真ん中に、小屋があって、
 そこで、入園料を払います。
 
 車1台分、
 $30を、支払いました
 (乗っている人数は、関係ないようです)。
 
 このチケットを、掲示することで、
 その後、1週間、
 公園に、出入りすることができます。
 
 これは、
 グランドキャニオン国立公園でも、同様でした。 
 
 ただ、
 グランドキャニオンの場合は、
 チケットに、テープを貼って、渡してくれて、
 
 それを、車の内側から、
 フロントガラスに、貼付けるように、言われるので、
 
 若干、煩わしい反面、
 無くしたり、探し出して見せる必要がないので、
 ありがたい方式だなと、思いました。
 
 ヨセミテの場合、
 再入場する際には、
 
 まず、財布をカバンから出して、
 そして、チケットを、財布から出して、掲示する ...
 
 というような、一連の作業が、
 運転者にとっては、ちょっと煩雑でした。
 
 
 タイオガロードに、入って以来、
 特に、峠を越えて、公園に入ってから、
 
 高原感、
 いえ、高緯度感、
 北欧感、カナダ感、アルプス感、北国感? ^^
 
 が、
 一挙に、出てきます。
 
 ハッとして、
 思わず、車を停めた場所には、
 
 まさしく、「雪解け水」が流れている、
 といった感の、
 美しい川が、ありました。
 
 そこは、
 標高の高さゆえの、
 「空気が澄んでいて、かつ、太陽との距離が近い」
 という条件、独特の、特有の、
 陽ざしに照らされていて、
 
 まるで、
 「妖精が、戯れ、飛び交う」
 かのような、雰囲気が、
 溢(あふ)れ溢(こぼ)れていました。





 

 そのまま、車を進めると、
 その後、しばらくは、
 北欧・カナダっぽい、
 針葉樹の、林を進み、


 その後、
 川を越えてから、
 広い大きな、湿地帯・草原(meadow)が、
 道路右手(北側)に、広がります。

(よろしければ、写真をクリックして、拡大表示して、
草原Meadow を、よく見てみてください ^^ )

 ここ、トゥオルミ・メドウズ(Tuolumne Meadows)は、
 この、タイオガロード沿いの、中心地で、
 
 宿泊施設や、お店、ガソリンスタンド、
 観光案内所(ビジターセンター)などが、ありました。
 
 僕たちは、休憩を兼ねて、
 ここに、停車。
 
 僕は、ここで、
 各国立公園内のお店でしか、売っていないという、
 その国立公園のピンバッジとワッペンを、
 自分のお土産用に、購入しました ^^ 。


 
 つづいて、
 僕たちが目にしたのは、
 
 これまた、
 北欧感・カナダ感たっぷりの、
 
 美しい湖でした。
 
 この、
 テナヤ湖(Tenaya Lake)は、
 
 意外や、
 水は、さほど、冷たくなく、
 
 岸辺は、
 むしろ、温かくすらあって、
 
 その、どこまでも澄み切った水の中へ、
 泳ぎ入りたい衝動こそ、
 抑えることはできましたが、
 
 いつまでも、離れがたく、
 こどもたちと、ずっと、
 足を、浸し続けていました。





 
 湖に沿って、道は続き、
 その後、
 湖と別れて、しばらく走ると、
 
 すぐに、
 見晴らしの良い、
 展望所に着きます。
 
 車を停めるや、
 僕は、悲鳴を上げていました ^^; 。
 
 ヨセミテの、一番の象徴とも言うべき、
 ハーフドーム( Half Dome )が、
 目に飛び込んできたからです!


 この展望所、
 オルムステッド・ポイント(Olmsted Point)が、
 この位置にあって、
 
 そして、見晴らしが素晴らしい場所だとは、
 事前に調べて、知っていたのですが、
 
 まさか、
 ハーフドームが、見えるなんて ...


 裏側から、とはいえ、
 日本で調べているときに、
 何度も何度も目にしてきた、
 
 ヨセミテの象徴、ハーフドームを、
 ついに、拝むことができて、
 
 また一つ、
 「アメリカに、来た!」感が、深まり、
 気持ちが高揚しました。
 
 いえ、
 この道を通ったからこそ、
 裏側から『も』、見ることができたわけで、
 
 この日程を組んでくれた、
 裕子さんに、
 改めて、感謝の念が湧きました。
 
 目の前に広がる、岩肌には、
 歩いて行けたので、
 
 こどもたちと、
 裸足になって、歩きながら、
 
 この、
 ヨセミテらしい、雄大な風景を、
 しばらく、
 見つめ、眺めていました。
 
 また、この場所から、
 来た道を、振り返ると、
 
 先ほどの、
 テナヤ湖の湖面が、
 鏡のように、
 シルバーに光っていました。


 
 この後、
 約1時間かけて、
 
 65kmほどの距離を走る間に、
 1,300m以上、高度を下げて、
 
 いよいよ、
 ヨセミテバレーへ、
 入って行きます。









2016年9月8日木曜日

第5回大阪イベント 開催のお知らせ


2016年11月25日(金)、26日(土)、27日(日)、
大阪市で、5回目となる、
『津留さん交流会』『浄化実践講習会』『個人セッション』を行います。


『津留さん交流会』で、
みなさまと、お会いし、お話し・交流させていただくことを、
楽しみにしています。

『浄化実践講習会』で、
みなさまに、日々、浄化を活用していただけるよう、
浄化について、お伝えさせていただくことを、
楽しみにしています。

『個人セッション』で、
お一人お一人の、ブロックを見つけること・気づくこと、
そして、それを手放し、浄化するお手伝いをさせていただくことに、
努めさせていただきます。

ご興味がおありの方は、
どうぞ、ご参加・お申し込みください。

以上、どうぞよろしくお願いします。



 詳細・お申し込みは、『 第5回 大阪イベント 』 のページをご覧ください。


2016年9月8日 集合人編集局 裕子・ひで










2016年8月25日木曜日

2016アメリカ旅行9 1,000kmの移動(『時間をはずした日』)

 
 今回の、アメリカ旅行は、
 大きく分けると、
 前半と後半に、分けられました。
 
 前半は、
 グランドキャニオンと、セドナ。
 アリゾナ州。
 乾いた大地。
 乾いた空気。
 乾いた、強い陽射し。
 赤・黄。
 日(陽・火)。
 
 対して、後半は、
 ヨセミテと、マウントシャスタ。
 カリフォルニア州。
 川、滝。
 湖。
 深い樹々。
 青・緑。
 水。
 
 ある種、「対照的」と、いうこともできる、
 前半と、後半は、
 
 場所的にも、
 かなり、離れていました。
 
 事前に調べたところによると、
 その距離(走行距離)、
 「1,000km」。
 
 「1,000km」というのは、
 
 直線距離でいえば、
 東京から、
 西方向には、鹿児島・種子島、
 北方向には、北海道・サロマ湖。
 
 車で移動するには、
 かなりの距離、ですよね。
 

 しかも。
 
 この移動は、
 前半の「セドナ」から、
 後半開始の「ヨセミテ」まで、
 
 より詳細には、
 セドナから、
 ヨセミテ近くの「マンモスレイク(Mammoth Lakes)」まで、
 になりますが、
  
 予定したルートでは、
 
 渋滞無し、休憩無しでも、
 10時間。
 
 しかも、
 ルートの大部分は、
 
 往きに通った、
 ルート66などの、乾燥・高温地帯。
 
 さらに、
 終盤には、
 
 さらに乾燥していて、
 さらに高温な、
 
  「デスバレー(Death Vally)」
 の横を、
 通り抜けなければ、なりません。
 
 その、距離(1,000km)、
 その、環境(気温、路面温度、路面状態 ... )。
 
 かなり、不安・心配でした。
 
 そこで、
 慎重を期して、
 
 「前半」と「後半」を繋ぐ、この移動に、
 丸一日を当て、
 
 その日は、
 「移動日」と、しました。


 それにしても、
  
  初めてで、
  事情が分からないと、
  これほど、不安なのか ...
 
 ということを、
 今回、この件で、
 たっぷりと、味わいました。
 
 そして、
  「大丈夫かなぁ ... 」
 という気持ちを携えながら、
 とにかく、進むことにしました。
 
 しかし、反面、
  「これを乗り越え、体験できたら、
   それはきっと、素晴らしい経験になるに違いない」
 という想いも、どこかに、持っていました。
 
 
 ボルテックスや、
 「バーシング・ケイブ」を訪れることができた、
 翌日、
 
 僕たちは、
 朝5時に、起床し、
 6時過ぎに、ホテルを後にしました。
 
 セドナへの、名残惜しさを背に、
 いったん、樹々の茂る地域に入った後、
 
 また、再び、
 乾燥・高温地帯に、入っていきました。
 
 この、ルート66が通る地域では、
 往き道でも、そして、今回も、
 
 車の、スピードメーター横の、温度計は、
 華氏120℃を、
 表示しました。
 
 車の温度計が、
 どれだけ正確なのかは、分かりませんが、
 
 摂氏でいえば、
 約49℃ !
 
 正確ならずも、遠からず、で、
 
 少なくとも、一時的には、
 それに近い温度だったことは、
 間違いないでしょう。
 
 高速道路の、休憩所で、
 車を降りたとき、
 
 そこは、
 まるで「天然のドライサウナ」かのようで、
 
 乾いた、高温風が、
 全身に、まとわり、
 一瞬で、体力気力を、持ち去っていきました。
 
 しかし、そんな、
 超高温で、乾き切った、土地に、
 強く根を張り、逞しく葉を広げる樹々。
 
 生命の力強さに、
 ただ、畏れ入りました。
 
  「サソリ・毒蛇注意」
 の標識を目にしても、
 怖さなど、微塵も感じず、
 
 むしろ、ただ、
 それらの生物に対する敬意を、感じました。


 
 
 午前中は、
 休憩も、最小限にとどめ、
 
 とにかく、
 先に進むことに、努めました。
 
 と、言っても、
 実際には、6時間近く、ずっと、ドライブ。
 
 感じるもの、受け取るものは、
 小さからぬものが、ありました。
 
 風景は、意外ながら、さまざまに、変化しました。
 「町」と思える場所も、いくつか、出現しました。
 
 とはいえ、
 基本的には、
 ずっと、乾燥地帯で、
 
 道路の両サイドには、
 人の気配はもちろん、動物の気配も感じられないような風景が、
 延々と、続いていました。
 
  「地球って、すばらしく、大きいんだなぁ」
  「大地って、すさまじく、広いんだなぁ」
 
 と、感じ入りました。



 
 普段、
 日本の都市部で、生活していると、
 
 建物も、ゴミゴミしていて、
 人も、溢れていて、
 
 自然と、なにか、
  「狭い」
  「少ない」
  『足りない』
  『余裕が無い』
 という感覚を、受け取っています。
 
 ところが、
 このような風景の中を、
 延々、6時間も、進んでいると、
 
 行けども、行けども、
 変わらぬ、雄大な、大地の広がりを、目にしていると、
 
  「こんな光景を、目にしている人々には、
   『地球は狭い』なんて感覚、無いだろうなぁ」
 と、思いました。
 
  「土地にせよ、モノにせよ、
   有効に、大事に、利用しなくては、
   なんて感覚、生まれないかもなぁ」
  「『もったいない』なんて感覚、分からないかもなぁ」
  「『時間』もない、なんて、感じないかもなぁ」
 と、思いました。 

 
 かつて、
 オーストラリアを旅行したとき
 
 (そういえば、ちょうど、16年前、
  オリンピック開催中の、シドニーに、入ったのでした)、
 
 アデレードから、エアーズロックまで、行ったときや、
 アデレードから、パースまで、行ったときに、
 
 同じように、
 いえ、もっと極端に、
 
 乾いた大地の上を、延々と、延々と、
 移動した経験があります。
 
 とくに、
 アデレードから、パースまでは、
 
 「インディアンパシフィック」という列車に乗って、
 『42時間』、ずっと、
 低木が生える、乾いた赤い大地に、囲まれ続ける、
 
 という経験も、しましたが、
 
 でも、そのときに持ったのは、
  「『オーストラリア』って、広いな」
  「『自然』って、すごいな」
 という、感想で、
 
 今回とは、
 ずいぶんと違った、心持ちでした。
 
 今回は、
 
  「自分が有している、
   『足りない』『少ない』という、認識も、
   
   たまたま、自分が体験してきた環境・条件から、受け取った、
   (複数あるうちの)ひとつの認識に過ぎない」
 
 ということを、
 強く、はっきりと、感じました。
 
 自分の中の『制限』『限定』が、
 「体験」「外側の環境」によって、
 少し、外れ、少し、手放された感じが、しました。
 
 ありがたく、幸せな、体験でした。
 
 
 これまた、ルート66上の町、
 「バーストー(Barstow)」が、
 その日のルートの、おおよその、中間点。
 
 そこに、
 昼過ぎに、無事、到着しました。
 
 無事に、ほぼ予定通りに、着けた安心感から、
 ここでは、休憩を兼ね、
 少しゆっくりと、時間を過ごしましたが、
 
 ただ、
 晴天下の、乾燥地帯ど真ん中の町は、
 とにかく、とにかく、とにかく、暑い!
 
 体感的には、今回もっとも激しい暑さを、
 ここで、体験しました。
 
 アメリカに着いて以来、
 すっかり、お気に入りとなった、
 メキシコ料理の、ランチを済ませ、


 
 スーパーで、
 デザート・おやつの、果物を購入し、
 水も、大量に、手に入れ、
 
 そして、重要な給油を済ませて、
 この町を、離れました。
 
 
 その先、しばらく、
 まだまだ、乾燥地帯。
 
 そして、おそらく、
 さらに激しく、さらに厳しい、
 乾燥と高温が、
 待っているはずでした。
 
 「恐る恐る」の気持ちもありながら、
 でも、「どんな場所なのだろう」の好奇心もありながら、
 少々複雑な心持ちで、進んでいきました。
 
 ガラス越しに見える風景は、
 ますます、『荒野』感を、深めていき、
 道路は、視界を超えて、直進していました。


 
 そんな中、
 車体は、
 とめどなく降り注ぐ、陽射しを、
 一身に、受け止めてくれて、
 
 そのおかげで、
 車内は、クーラーが効いて、
 実に、快適でした。
 
 でも、
 興味から、窓を開けてみると、
 流れ込んでくる空気は、
 あまりの暑さで、重く「厚く」感じるほどです。
 
 このとき、
 この文明が、生み出した「モノ」「利器」の、
 素晴らしさを、ありがたさを、
 こころから、感じました。
 
 そのメリット面を、
 抵抗値ゼロで、
 享受しました。
 
 
 恐れていた、「デスバレー」付近も、
 結局は、周りと、それほどの差はなく、
 
 路面も、しっかりしていて、
 タイヤも、ちゃんと、回ってくれて、
 
 なにより、
 僕ら以外にも、たくさんの車が、
 そこを、こともなげに、走っていました。
 
 そのことに、
 とても、安心しました。
 
 安心すると、
 その場所を、その環境を、その道のりを、
 より純粋に、味わうことができました。
 
 それまでには、見られなかった、
 低木や草すら、一切、生えていない一帯、
 
 塩湖と思われる、
 白く、光を反射している一帯、
 
 そんな一帯も、
 遠目ながら、眺めつつ、
 その様子を、肉眼で、味わいつつ、
 
 しかし、車は、
 着実に、進んでいきました。
 
 「予定走路」は、
 着実に、「走行済み」に、変わっていきました。
 
 
 道路沿いに、
 はじめ、
 3本、大きな樹が現れ、
 
 すぐに、
 また、灌木・草だけとなり、
 
 次は、
 10本ほど現れて、
 でも、すぐまた、元の風景に戻り、
 
 そんなことを繰り返し、繰り返し、
 徐々に、
 
 「人家」が、
 「村」が、
 見られるように、なりました。
 
 「人の気配」が、
 感じられるように、なりました。
 
 完全なる乾燥原野に、
 「オアシス」が、現れるようになりました。
 
 厳しい自然に、直接、接している、
 そのような生活の場は、
 
 僕には、
 とても美しく、映りました。
 
 対比ゆえに、
 緑が、いっそう、美しく映え、
 水分が、いっそう、愛しく感じられました。
 
 「『二極』ゆえ」を、体感しました。
 
 
 「町」が現れたとき、
 ようやく、
 真に、安心しました。
 
 そして、
 観光案内所を見つけ、
 休憩を取りました。
 
 車から降りると、
 まだ、信じられないほどの暑さで、
 
  「では、それなら、
   先ほどまでの一帯は、どれほどの暑さだったのだろう ... 」
 と、
 改めて、恐ろしさも、湧きました。
 
 その場所からは、
 
 シエラネヴァダ(Sierra Nevada)山脈を、
 裏側(東側)から、雄大に望むことができ、
 
 さらに、
 その最高峰、ホイットニー山(Mt. Whitney)を、
 拝むことまで、できました。


 
 距離があり、
 そして、強い陽射しの、逆光で、
 それほど、はっきりと、見ることができたわけではありませんが、
 
 そもそも知っていた、その山を、
 これまでに見た中で、もっとも標高の高い(4,421m)その山を、
 目にしたとき、
 
 なぜか、とてもこころ高ぶり、
 なにか、特別な時間に接している気が、しました。
 
 
 ここまでくれば、
 もう、一息でした。
 
 その先は、
 時間にして、あと、1時間半。
 
 次々に、小さな町があることは、
 徐々に、環境的に穏やかになっていくことは、
 分かっていましたので、
 
 アメリカに来て以来、
 もっとも、こころも穏やかに、軽やかに、
 「ドライブ」を、楽しむことができました。
 
 相変わらず、
 「基本的には」、乾燥地帯でしたが、
 
 スプリンクラーによる、大規模な撒水が見られ、
 かなり広大な面積の農場が、幾箇所にも、見受けられました。
 
 「地中海性気候」に分類されるだろう環境になり、
 そこでの生活が、豊かなように感じられました。
 
 ずっと、遠方に見えていた、シエラネヴァダ山脈が、
 だんだんと、間近になっていき、
 
 それにともなって、
 道そのものも、アップダウンが、見られるようになり、
 
 それによって、
 これまでとは違った、スケールの大きな風景を、
 目にする機会が増えていきました。
 
 日本では、決してできない、
 でも楽しい、嬉しい、「ドライブ」でした。
 
 
 この段階に来て、
 裕子さんが、ふと、口にしました、
 
  「今日は、『時間をはずした日』なんだよねぇ」
 と。
 
 その日は、
 7月25日でした。
 
 少なくとも、僕にとっては、
 『偶然』にも、
 7月25日でした。
 
 7月26日に、新年を迎える、
 「マヤ暦」では、
 
 7月25日は、
 『時間をはずした日』と呼ばれ、
 
  「特定の月や曜日を持たず、カレンダーの日付がない日」であり、
 
  「昨日までの一年」にも、含まれず、
  「明日からの一年」にも、含まれない、
  「特別な、特異な、一日」で、
  かつ、
  「旧年」と「新年」を繋げる日であり、
  
  そして、
  明日からは、
  「時間の螺旋階段は、またひとつ次の高みへと上る」新年となります。

  
 それを知ったとき、
 僕たちの「行動」が、
 マヤ暦に、則している、シンクロしていると、感じました。
 
  前半と、後半とを、繋ぎ・結ぶための、
  前半から、後半へと、推移するための、
  前半にも、後半にも、属していない、「移動」の一日。
 
  「車での『1,000km』の移動」という、特異な、行為。
 
  「『人間』という生命体」にとっては、
  『非現実的』ともいえる環境を、通り抜ける、移動。
 
  終日、乖離・隔離された『密閉空間』の中にいて、
  その『非現実』空間を、滑るように、通り抜けていく、行為。
 
 それらが、
 マヤ暦の、『時間をはずした日』と、
 とてもリンクしている、シンクロしている印象を、受けました。
 
 そして、それゆえ、
 この後の、「後半」は、
 
 さらに言えば、
 その後続く日々は、
 
  「ひとつ次の高み」
 であるように、期待されました。

 
 そんな話が、
 裕子さんとの間で、一段落した頃、
 
 僕たちの、大移動も、
 無事に、一段落。
 
 その日の宿泊地まで、
 あと10kmほどの地点まで、届いていました。
 
 ここからが、
 この日一番の、お楽しみ。
 
 無事に、大移動ができた「ご褒美」が、
 待っていました。
 
 幹線道路から外れ、
 表面がでこぼこの、支線に入り、
 そこから、数キロ。
 
 山際から離れ、
 草原のど真ん中へ、入り込んで行きます。
 
 すぐに、
 ご褒美の目の前にある駐車場に、着きました。
 
 そこには、すでに、車が一台。
 続いて、僕らの数分後に、もう一台、
 車がやって来ました。
 
 淡い期待を持っていた、
  「僕ら家族での独占」
 という夢は、消え去りましたが、
 
 しかし、
 やはり、その「ご褒美」が、
 人気が高いという証拠。
 
 気持ちを、さらに高ぶらせ、
 着替えを済ませて、歩いて、現地へ。
 
 そこには、
 少々、現実離れしたような、
 「夢の空間」が、ありました。
 
 (手持ちに、適当な写真が無かったため、
  これは、無断借用した画像です)

 広々とした、草原。
 遠くに望む、山々。
 それだけでも、とても美しい風景なのに、
 その中に、ぽつんと置かれた、露天風呂。
 
 しかも、湯加減も、バッチリ! ^^
 高めのお湯と、冷たい水と、
 両方が、別々のパイプで引かれているので、
 中で、好みの温度に、調節が可能でした。
 
 文字通りに、「長旅」で疲れた身体を、
 お湯の中に浸しながら、
 この光景を見ていると、


 
 意識は、はじめ、
 全身で感じる、開放感と、心地よさに、
 濃く深く、入り込んで行きますが、
 
 やがて、
 やはり、『現実離れ』、という表現がピッタリの、
 淡く薄くなめらかな感覚の中を、漂います。
 
 改めて、今日が、
 『時間をはずした日』であることを、
 
 この露天風呂が、
 その、『時間をはずした日』の、
 締めくくりの、ご褒美であることに、
 納得がいきました。
 
 僕たちは、
 誰一人、そこから離れることができず、
 
 日が沈み行き、
 空が薄暗くなるまで、
 そこに、身を、沈めていました。



 
 離れがたい気持ちを、
 どうにか、コントロールし、
 ホテルに向かいましたが、
 到着したときには、完全に、日が暮れていました。
 
 宿泊地、マンモスレイクは、
 冬場の、スキー・スノーボードが中心の、
 リゾート地。
 
 ですが、
 標高2,400mということもあり、
 夏場も、避暑地として、賑わっているようでした。
 
 とはいえ、
 そこは、リゾート地。
 
 夜8時を過ぎて到着し、
 荷物を下ろして、街に出たときには、
 もう、開いている店は、
 ファストフード店を除いては、ほとんど、ありませんでした。
 
  「今日は、ホテルの隣の、マクドナルドか ... 」
 と、覚悟を決めつつ、
 
 しかし、車を出して、
 店を探してみました。
 
 なかなか、店を見つけられないまま、
 街の端まで、たどり着いてしまい、
 道を変えて、引き返したとき、
 
 一軒だけ、明るく、開店中の店を、
 発見しました
 (John's Pizza Works)。
 
 急ぎ、車を停め、店内に入ると、
 しかし、そこは、
 スポーツバーのような、店構え。
 
 大きなモニターが、幾所にもあり、
 それらには、違ったスポーツが、映し出されていました。
 
 客数も、かなり多く、
 客層も、かなり若めで、
 アルコール片手に、にぎやかに、騒がしく、
 「リゾート地」での「バケーション」を、
 楽しんでいるように、見受けられました。
 
 僕一人なら、
 むしろ、エンジョイできるかもしれない、雰囲気ですが、
 
 子連れの家族には、向かないかも、
 と、即座に、判断し、
 入ってきたドアに向かって、引き返そうとしたとき、
 
 とても雰囲気の良い、
 優しく、しっかりした感じの店員さんが、
 さっと、
 
  「いま、すぐ、そこのテーブルを、準備しますね」
 と、声をかけてくれました。
 
 その対応の、あまりの雰囲気の良さに、
  「とはいえ、他に店も無いんだし、まあいいか」
 という気分に、なりました。
 
 裕子さんと、こどもたちに確認したところ、
 みんなは、店の様子のことは、まったく気にしていませんでした。
 
 僕一人の、取り越し苦労のような、思考を消し去り、
 長い長い、本当に長かった一日を、
 ここでの夕食で、
 改めて、真に締めくくることにしました。
 
 そのような「流れ」から、
 食事の内容やクオリティーについては、
 まったく、期待していませんでしたが、
 とにかく、食事ができればいいやと、思っていましたが、

 いえいえ、どうして!
 
 頼んだピザ( The Pesto )は、
 マッシュルームとアーティチョークが、
 素晴らしい存在感をはなっていて、
 日本で食べても、十二分に、美味しいと思えるもの、
 
 何度か、美味しいピザを口にした、
 アメリカの中でも、ベストの味でした。
 
 パスタ(Spaghetti Meatball と Creamy Cajun Shrimp Pasta )についても、
 しっかりと、堪能できるクオリティーで、
 
 僕たちは、
 時の流れも止めて、
 一口一口に、埋没していました。


 

 さすがは、『時間をはずした日』!
 最後の最後にも、
 もう一つ、ご褒美を、用意してくれていました。


 ちなみに、この後、
 最後に車を降りるときに、確認すると、
 この日の総走行距離は、
 「639.0マイル」と、なっていました。

 キロに直すと、
 「1,028キロメートル」、

 きっちりと、
 1,000kmを超えていました。