あけましておめでとうございます
本年も、みなさんにとりまして、
素晴らしい一年となりますよう祈念いたします。
おめでたい画像だと思いますので、再使用 ^^
松も明ける、
1月7日に、
ようやくの、新年のご挨拶。
ほとんど更新のない、このブログですから、
別に、なんの驚きもないことですが ^^; 、
さすがに、年末か年始には、
いつも、ご挨拶していますので、
今回も、そうしようと思っていたのですが...
実は、この年末年始、
クリスマス明けから今日まで、
体調を崩していて、
それで、
今日、ようやくのご挨拶となりました。
体調不良、
といっても、
まず、
寝込むことはなかったですし、
お腹の具合や食欲は、
まったく、いつもどおりで、
クリスマス、年末の年越しそば、
そして、おせち料理も、
これまたいつもどおりに、たらふくいただきましたが ^^; 、
ただ、
「熱」と「頭痛」と「鼻水」が、そこそこで、
慢性的に寒気がして、頭が痛くて、鼻が出る状態で、
画面の前に座ってのパソコン作業などは、
極力、控えていました
(作業すると、特に頭痛が増しました)。
加えて、
「咳」がちょっとひどくて、
特に、夜寝ているときにも、咳で起き、
そうなると、その後しばらく咳き込む、
そんな日が続いて来ました。
昨日、1月6日が、小寒、
この後、1月20日が、大寒。
まだまだ寒い日が続きますので、
というか、これからが、寒さ本番でしょうから、
みなさまも、どうぞお身体にお気をつけください。
さて、
そんな日々が続いて来た、
2日前の、早朝。
やはり、そのときも、咳で起き、
そして、咳き込んでいました。
そのとき、
ふと、想い(アイデア)がやって来ました。
「咳き込んでいるのは、
喉が、猛烈な勢いで、吹き出したいからではないか?」
「飲み込んだ『想い』『言葉』、
出さずにしまい込んだ『感情』、
それらを、『喉』が(肉体が)吐き出したくて、
それで、咳が続いているのではないか?」
「しかも、普通に出すだけでは足りず、
猛烈な勢いで、思いっきり、出したいから、
ここまでの咳が、出ていて、続いているのではないか?」
そんなアイデアが、
「閃く」という感じではなく、
ただ、やって来て、
そして、
そう思ってみたら、
不思議に、
喉の違和感は消え、
咳も出なくなり、
そこから、深い眠りに入りました。
咳が止まり、喉の違和感が消えていたのは、
ほんの数時間で、
翌朝、起きてみれば、
状態は、以前に戻っていましたが、
しかし、そのときは、
そういう肉体現象・肉体感覚が、やって来ました。
津留さんも、
「言えずに飲み込んだ『想い』『言葉』が、
喉に溜まり、喉を塞いでいて、
その詰まりがあるから、
頭で理解できたことでも、
なかなか『腑に落ちない』(腹まで落ちない)」
と、言っていましたね。
今回の僕の咳は、
その詰まりを緩和するべく起きた、
「身体の自浄作用」
「感情の自消作用」
なのではないか。
そうみなしてみると、
僕のエゴは、納得するようです。
2019年という、新たな年を迎え、送るに当たり、
これまでに既に浄化できているべきブロックで、
しかし、まだ、浄化できていなかったものを、
「咳」という動作を通じて、
強制的に、浄化した ...
そんなふうにみなしてみると、
少し、納得がいく感じがします。
そして、
そう、みなしてみると、
では、
「鼻水」は、というと、
これは、
「嗅ぎたくなんかなかったのに、
嗅がされてしまった『悪臭』、
吸い込みたくなんかなかったのに、
吸わされてしまった『不快なもの』の(肉体的な)記憶を、
垂れ出す」
ということなのではないかなぁ。
タバコ
人工香料
加齢臭
埃
・・・
思い当たるもの・こと、
いっぱいありますねぇ。
それらを嗅がされ、吸い込まされたときの、
そのときの(肉体的な)不快さと、
そして、そこで味わった感情を、
水分に溶け込ませ、
垂れ出した ...
鼻に関する、同じく、
「身体の自浄作用」
「感情の自消作用」
とみなすと、
やはり、
納得できるものがある気がします。
もしかしたら、
何かの、誰かの、ご参考になるかと思い、
ちょっと、
書かせていただきました。
それでは、改めまして、
本年も、どうぞよろしくお願いします。
ひで