2016年1月26日火曜日
猛烈な低気圧の襲来に
まずはじめに、
現在(2016年1月26日)、
そして、これまでに、
数十年に一度の、規模・強さといわれる、
この、猛烈な低気圧の影響を受けられたみなさまに、
お見舞い申し上げます。
ここ千葉では、
23日(土)24日(日)と、雨が降り、
風も強めで、気温が低かったのですが、
おかげさまで、影響は、ほとんど受けませんでした。
26日には、快晴の「冬晴れ」になっています。
1月21日(木)から、
福岡イベントで、福岡入りしていた僕も、
イベント中は、曇り、小雨、小雪といった程度で、
ほとんど、影響を受けませんでした。
ところが、
イベント終了後、飛行機で、千葉へ帰る段になり、
福岡空港に到着してみると、
その段階で、前の飛行機が、20分以上の遅れになっています。
理由としては、
福岡空港の悪天候ということでした。
見たところ、雪ではなく、小雨が降っている程度で、
なにか、問題があるようには思えませんが、
しかし、そう言っている以上、
状況からして、それ以降の便には、
ますます、遅れが生じてくることは、明白でした。
まず、この段階で、
「まずいな」
「大丈夫かな」
と、心配し、騒ぎ立てる『エゴ』が、顕在化してきました。
急いで、検索を始め、
到着する成田空港での、終電を調べはじめます。
当然ながら、
終電を逃せば、家で休むことができず、
代わりに、空港で、世を明かさなければ、ならないからです。
それは、特に、この、真冬の時期には、
どうしても、避けたいことでした。
そして、終電の時刻が分かったところで、逆算をして、
「何分遅れ」までなら、許容できるのか、はっきりさせます。
「1時間遅れ」までなら、
なんとか、終電に乗って、
家に辿り着けそうだ、と、分かりました。
そう、分かった段階で、
僕が乗る飛行機が、40分遅れで、出発予定だと、
アナウンスされました。
幸い、その後は、搭乗するまで、
40分遅れの予定は、変更されませんでしたが、
その間、ずっと、
「もっと遅れたりは、しないよな?」
「頼むから、これ以上は、遅れないでくれよ」
と、『エゴ』さんは、祈り続けていました。
そして、いよいよ、搭乗。
ところが、僕が席に着いて、座っていても、
なかなか、全員の搭乗が終わりません。
一人、また一人、と、
途切れ途切れに、大幅に遅れて、搭乗してくる乗客がいます。
「40分も遅れてるんだから、すぐに、乗れるだろ?!」
「なんで、サッと乗れないんだよ。ちゃんと準備しておけよ!」
乗り込んでくる、一人一人に対して、
『エゴ』さんは、そう、強烈に、浴びせかけます。
ようやく、全員が搭乗したとのアナウンスがあった後。
今度は、なかなか、ドアが閉まりません。
はじめは、機外の、ドアを閉める係の人が、
どこかに行ってしまったのかと、思いました
(僕は、たまたま、一番前の列に座っていたため、
彼が急にいなくなったのが、見えました)。
「何やってるんだよ! どこ行ったんだよ! ちゃんと居ろよ!」
そう、叫ぶ、『エゴ』さんの声にかぶせて、
今度は、機長からの、アナウンスです。
飛行機の翼に、融雪剤を撒いているので、
さらに、10分ほど、遅れるとのことです
(なので、ドア係さんは、持ち場を離れたようです)。
「いやいや、雪なんか、降ってないだろ!」
「そんなのいいから、さっさと、飛び立てよ」
『エゴ』さんの、そんな声を聞いたときには、
僕は、もう、ぐったりと、疲れ果ててしまって、
そして、ようやく、この段階になって、
内側がおとなしくなり、
そこから、離陸し、飛行している間は、
ただ、座席に座っていました。
飛行そのものは、順調でした。
また、「ただ座っていた」おかげか、
飛行機は、あっとゆう間に、着陸態勢に入りました。
さあ、ようやく、着陸です。
機内から、窓をのぞくと、
千葉は、雨も降っていません。
結局、50分遅れのまま、着陸です。
もうほとんど、余裕はありませんが、
このままなら、なんとかギリギリ、終電に間に合いそうです。
着陸も、すんなりと、済みました。
さあ、あとは、滑走路を進み、ターミナルに着くだけです。
ところが、
飛行機は、到着予定とは違うターミナルに、進んでいきます。
嫌な予感がします。
第3ターミナルに、横付けされるはずが、
第2ターミナルの離れたところで、止まってしまいました。
「みなさまを、バスで、ターミナルまでお送りいたします」
アテンダントさんは、そう、アナウンスしました。
「え、第2ターミナルに、ですか?」
アテンダントさんは、すぐ目の前のいたので、
そう、質問してみました。
「いいえ、第3ターミナルですよ。
ターミナル内を歩かなくていいから、楽ですよぉ ^^ 」
さも、サービスで、良いことをしているかのような、テンションです。
「待て待て!
そもそも遅れているのに、こんな遠いところに止まって、
そこからバスで行くなんて、ありえないだろ!」
この、『エゴ』さんの叫び声は、あまりに大きくて、
自分の耳に、外側から、聞こえてくるかのようでした。
そして、バスに乗ると、
なんと、まず、第2ターミナルの目前まで進み、
そこから、わざわざ、第3ターミナルまで、行きました。
第2ターミナルなら、駅は真下にあり、すぐに電車に乗れます。
ところが、第3ターミナルからは、
第2ターミナルまで、バスか徒歩で、10分ほどかけて戻り、
そして、第2ターミナルの駅から、乗らなくてはなりません。
「なんでわざわざ、ここを通過するんだよ。
そこに、止めて、降ろしてくれよ ... 」
この声は、ついに、
肉体を通して、実際に、発せられてしまいました ...
その後、第3ターミナル到着後、
数度のダッシュを経て、
結果、どうにか、終電に乗ることができました。
数十年に一度の寒波に見舞われている中、
僕は、汗まみれで、憔悴し切って、
電車の中で、へたり込んでいました。
話が、すでに、長くなっていますが、
実は、これでは、終わりません ^^;
(スミマセン、もう少し、おつきあいください)。
その、一週間前の、1月17日の大雪でも、
実は、同様の体験を、していました。
このとき、
僕は、妻とワークショップに参加するため、
子どもを含めた、家族で、八ヶ岳にいました。
チェーンを持っているとはいえ、
車は、2WDで、ノーマルタイヤ。
僕は、雪道ので運転経験が、ほぼ、ありません。
そのような背景から、
八ヶ岳行きを決めた時点で、もう、すでに、
「できれば、雪は降らないでくれ」
という想いが、湧き上がっていました。
学生時代、友人の運転で、スキーに行った時、
雪道でスリップをして、事故になった時の記憶も、
はっきりと、蘇って来ていました。
そんなことから、
出発1週間前には、もう、
天気予報を、チェックしはじめました。
予報は、はじめのうちは、
期間中は好天続き、とのことでしたが、
3日前ごろから、だんだん、雪の予報が、現れてきました。
「まあ、降っても、ちらつく程度なら ... 」
と、自分に言い聞かせ、気持ちをごまかしていたところ、
出発日には、
最終日は、強い低気圧で、大雪の可能性がある
という予報に、なっていました。
天気予報ですから、変わる可能性はありますが、
ですが、そんな予報を耳にしたら、
もう、気が気ではありません。
千葉を発ち、山梨に着いたときには、
ずっと、快晴でした。
17日も、昼間は、好天で、
夕方になり、温泉に行った道中でも、
星がよく見えるなど、雪の気配はありませんでした。
でも、ずっと、雪のことが、気がかりでした。
そして、ついに、温泉を出たとき。
駐車場へ、歩いて行く頭上には、
急に、厚い雲が垂れ込めて来ました。
宿泊場所に戻ったときには、
もう、いつ降り出してもおかしくない気配でした。
「あぁ、やっぱ、予報通りみたいだな」
内側が、急激に、ザワつきはじめます。
「今なら、まだ、間に合うのでは?」
「明日はキャンセルにして、いま帰れば、
どうにか、すんなりと、家まで辿り着けるのでは?」
「妻に、そう、切り出すべきかな?」
そんな言葉が、
グルグルと、内側を、巡り走ります。
ところが、妻を見てみると、
なにか、心配事があるそぶりなど無く ^^ 、
ニコニコと、楽しそうに、夕食を待っています。
その様子を見て、
とりあえず、そのままの流れに、任せてみることに、決めました。
そう、決心した段階で、内側は、穏やかになり、
ちょうど、ピッタリと、そのタイミングで、
窓の外に、降り始めた雪が、見えました。
翌朝、僕が起きたときには、
50cmを越える雪が、一面に、積もっていました。
車は、周囲が、完全に、雪に埋まっています。
しかも、雪は、まだ、降り続いていました。
こうなれば、完全に、諦めがつきます。
着替えをし、長靴を履き、スコップを手に、
雪かきを、始めました。
これほどの厚みのある雪をかくのは、はじめてです。
しかも、雪は、軽く、サラサラです。
この雪かきは、とても楽しい作業でした。
雪かきをしながら、
子どもたちのことが、よぎります。
彼らにとっても、とても楽しく、
そして、とても貴重な、体験ができることでしょう。
声を掛けると、すぐさま、外に飛び出し、
雪投げや、雪だるま作りなどを、
服を完全にビショ濡れにさせながら、
きゃっきゃキャッキャ、叫び遊んでいました。
その日は、夕方に、帰路につく予定でした。
ところが、高速道路も、国道も、どちらも、
朝から、各所で、通行止めが発生しており、
昼間確認しても、夕方になってからも、
その状況は、ほぼ、変化がありませんでした。
どうするか、決断の時間です。
妻は、できれるだけ早く帰りたく、
状況が改善する可能性があるなら、
いますぐにでも、出発したい、意向でした。
僕は、状況の変化については分からないけど、
少なくとも、路面に関しては、凍結箇所が増え、
悪化していくことは間違いないと、感じました。
加えて、地元の人からは、
帰宅時間で、交通量が増えるから、
ますます、交通事情が悪くなる可能性が高い、と、
言われました。
「天候を考えても、
明日は、間違いなく、今の状況より悪くなることは無い」
そのアドバイスが、決め手でした。
妻も、納得し、
もう一泊して、明日、帰宅することに決めました。
その状況になると、
ますます、雪そのものを、エンジョイしたくなります。
外に出て、雪を払ったり、雪かきしたり、
屋内から、窓越しに、雪を眺めたりしました。
充分に暖かい屋内から見る雪は、
白く、美しく、明るく、
純粋に、とても素晴らしいものでした。
翌朝は、
朝から、快晴でした。
路面は、昨日よりも固く、凍結していました。
でも、
日に照らされているところだけでなく、日の当たっていないところも、
雪が溶けて来ていました。
気温が、高くなっていました。
この感じなら、路面の氷も、溶け始めることでしょう。
朝は、まだ、通行止めだった、高速道路も、
午前中には、一部が、解除されました。
一部区間は、高速を降り、
一般道を走らなくてはなりませんが、
それでも、前日の状況よりは、
確実に、改善されていました。
いよいよ、帰宅することにしました。
車を動かし始めると、
すべてが、想像していたよりも、順調でした。
前日昼には、除雪車が入っていましたが、
昨夜も、数センチの、積雪があったため、
主要道路に出るまでの、数百メートルは、
まだ、雪や氷に、覆われていました。
とくに、駐車場からの、数メートルは、
除雪したものの、まだ、多くの雪が、残っていました。
ところが、
チェーンをはめた、うちの車は、
とてもパワフルに、何事も無いかのように、
いえ、その雪を、まるで楽しむかのように ^^ 、
快調に、前進していきます。
雪の残った道も、凍った道も、
ゆっくりと進みさえすれば、
まったく何も、問題はありませんでした。
そして、主要道路に着いてみれば、
道には、雪も氷も、まったく、残っていませんでした。
その後は、ただ表面が湿っている道、
まるで、夕立の後のような道を、
進んでいくだけでした。
雪降りのあとの、極めて澄んだ空気の中を、
陽光は、遮られること無く、降り下りて来ています。
空は、雲無く澄み、山々は、くっきりと稜線を現し、
空気は、これまた、適度な湿気を含んで、澄み晴れ、
そして、むしろ強いくらいの陽射しに照らされた、道中は、
極めて、快適でした。
「楽しいドライブ」
いえ、
「快適で、贅沢な、クルーズ」
でした。
しかも、相変わらず、
道は、除雪が完璧に済んでいて、
さらには、とっても空いていました。
みなさん、無用な外出は、控えておられるのでしょう。
いままでで、一番、車が少なく、空いていました。
それは、
高速道路に乗ってからも、同じでした。
そして、しかも。
出発したときには、通行禁止になっていた区間も、
着いてみれば、それが、解除されていました。
東京に着くまで、道路は、チェーン規制がかかっていたので、
車は、チェーンをしたままでしたが、
速度さえ抑えれば、何も問題ありませんでした。
しかも、「堂々」と、ゆっくり走れます ^^ 。
都内で、チェーンを外すとき以外は、まったく止まる必要も無く、
他の車にあおられたり、邪魔されたりすることも無く、
ただ、一定の快適なスピードで、
しかも、好天の中を、
どこまでも、クルーズしていきました。
それは、
家に着くまで、続きました。
これまでで、
もっとも快適で、もっとも楽な、道中でした。
運転での疲れは、まったく、ありませんでした。
ここまでを、読まれて(長くてスミマセンでした ^^; )、
お感じになられること、お思いになられること、気づかれることは、
みなさん、それぞれだと、思います。
ですが、ここでは、
僕が感じ、気づいたこと、
そして、その中から、ここで、お伝えしたしたいと思うことを、
以下で、書かせていただきます。
はじめに、
まず、ほとんどの方が、気になられたと思うのですが、
僕の場合、
さまざまなことを、不安に感じたり、心配したり、
あるいは、憤ったり、コントロールしようとしたりする、
『エゴ』さんが、厳然と居て、まだまだご健在で ^^ 、
そして、とても元気に、活発に、活動をなさっておいでです。
『エゴ』の活動が治まっていくこと、
あるいは、その影響を受けなくなってくること、
そういう状態を、「覚醒」というならば、
僕の現状は、
そこからは、甚だ遠い、遥か離れた状態にあります。
そのような現状を、正直に、しっかりと、認めたうえで、
ですが、しかし、
その状態を、僕個人としては、
困ってはいないし、それで問題無しと、思っています。
この点については、
また、稿を改めて、扱うつもりでいますが、
僕の場合は、
そのような『エゴ』さんの活動を、
できるだけ気づいてあげること、
そして、可能な範囲で、
感じるなり、見つめるなりして、認めてあげて、
あるいは、M2で、浄化してあげること、
そのようなことを、意識しています。
そして、
このような現状を、それで良し、
このような対応で、それで充分、
と、認識しています。
つぎに、
いわゆる、人間としての行動・活動、に関してのものです。
飛行機の例では、
僕は、
「終電の時間を調べる」
という行動を取りました。
八ヶ岳・車の例では、
僕は、
「天気予報を調べる」
「道路の状況を調べる」
ということを、しました。
津留さんは、メッセージ集の中で、
「計画しないでください」
と、言っていました。
「『今』だけに、集中してください」
と、言っていました
(たとえば、『絶望感』をお読みください)。
津留さんのメッセージに、純粋に、従うなら、
津留さんの意図するところを、純粋に、酌(く)むなら、
僕の、このような行為は、望ましくないことでしょう。
しかし、
僕のレベル(僕の現状)であれば、
これはこれで、とっても、役に立ちます。
飛行機の例でいえば、
確かに、終電の時刻を、知っていたからこそ、
時間の遅れに、特に、さらなる10分の遅れに、
とても焦り、不安になり、憤りました。
車の例でいえば、
雪の予報になっているのを、知っていたからこそ、
出発前から、心配になり、
あるいは、雲行きが怪しくなっただけで、不安になりました。
ただ、
しかし、終電時刻を、正確に把握していたからこそ、
急ぐことによって、終電に間に合ったことも、事実です。
雪の予報があったからこそ、
チェーンを準備し、持って行き、
そして、それを使用して、帰れたことも、事実です。
道路状況を調べてあったからこそ、
帰りを一晩遅らせ、
そして、無事に、快適に、帰れたことも、事実です。
厳密に言えば、
終電に間に合ったことや、
チェーンによって、無事に帰れたこと、
日をずらしたことによって、無事に・快適に帰れたことが、
必ずしも、『良かった』ことかどうかは、
分かりません。
それは、もちろん、そのとおりです。
ですが、
そのことは、置いておいたとしても、
心配になって、時刻や天気を調べたくらいですから、
たとえ、調べず、すべてを、状況に委ね・任せていたとしても、
不安な気持ちは、常に常に、湧き上がって来ていたことでしょう。
であるならば、
しっかりと調べたり、しっかりと計画したり、しっかりと計算すること、
それによって、取るべき行動を、『頭』で、判断すること、
また、その決定によって、若干なりとも、こころ安らぐことは、
それはそれで、素晴らしいことだ、
とも、言えますよね。
それはそれで、
「素晴らしい、人間体験」
「人間としての、貴重な経験」
と、言えますよね。
『神に還る』
ということを、「最優先」するならば、
たしかに、津留さんの言うとおり、
勧められるべき行為・方法では、なかったかもしれません。
ですが、
「『人間ゲーム』における、貴重な体験」
「『神ならざる者』ならではの、貴重な体験」
としては、
これはこれで、とても素晴らしいこと、なのではないでしょうか。
また、
何かを調べたり、計画したり、計算する、ということ ...
それを、先の例のように、
「状況を、整理するため」
「決断や判断を、しやすくするため」
に利用する、
ということ、と、
それとは、別に、
「特定の状況を、創り出すため。創り出しやすくするため」
「特定の結果を、引き寄せるため」
に行う、
というのと、では、
ずいぶんと、違うのではないか、と、思います。
先の例では、
飛行機の場合、僕は、
「終電には、間に合いたい」
「空港で、夜を明かすのは、絶対に避けたい」
という想いが、ありました。
「終電で、今晩の間に、家に辿り着く」
「空港で、夜を明かすことは、しない」
という『結果』『状況』に対して、
強い希求がありました。
そうすると、
まず、その状況・結果が、強く大きく、頭の中を占め、
それに反するであろう方向の事象に対して、
強い不安や憤りが、湧き上がってきます。
結果、飛行機の中や、電車の中での状況のように、
疲労し、疲れ果てるような形になりがちです。
一方、車ので場合には、
一見、
「事故を起こしてしまうことは、避けたい」
「渋滞や、通行止めに遭遇し、動けなくなることは、避けたい」
という、
『結果』『状況』に対する、強い想いがあったことは、
同様なのですが、
この場合には、
その『結果』『状況』の、内容・定義・範囲に関しては、
より、鷹揚(おうよう)で、
また、それは、
自分の能力や、努力によって、
創り出せたり、引き寄せられたするもの
との認識が、ほぼ、ありません。
『結果』『起きてくる現象』に対しては、ほぼ、服従状態で、
それらのうち、
「自分は、どれを、『選択する』か」
「どれを、『選択する』ことになるのか」
という点に、
意識が、注意が、向けられています。
基本的には、委ねた上で、
しかし、人間意識として、どう対処し、どう選択するか
という、スタンスでした。
その場合には、
あまり、不安や心配が、湧いてくることが無く、
そして、起きてくることに、ただ、向き合うことができる、
という、感じでした。
そして、最後に、
ここで、もうひとつ、お伝えしたいこと。
それは、
「人間意識では、『何が良いか』は、決して、分からない」
「人間としてのわたしたちの頭には、『どうなるか』は、分からない」
ということです。
車の例では、
雪が降る前に、雪に巻き込まれること無く、帰ろう、とも、思いました。
雪に直面することが、悪いことだと、
特に、車を運転する、という観点からは、
出来るだけ、避けるべきことだ、
と、認識していました。
車は、2WDで、ノーマルタイヤを履いています。
雪道での運転経験が、ありません。
今いる場所は、標高1,000mの高地で、
帰り道は、しばらく、急な坂道です。
しかも、予報では、猛烈な低気圧で、
大雪警報が、当地には、出ていました。
『頭』で考えれば、
どうしたって、避けられるなら、避けた方がいい状況です。
よね?
ところが、結果は、
道中、危険だったり、危なかったりすることは、一切無く、
それどころか、
いままでで、一番、道の状態が良く、一番、空いていました。
いままでで、一番、
快適で、楽で、楽しく、美しい、道のりでした。
さらには、
自分も、子どもたちも、
普段は、なかなか体験のできない、大雪で、
たっぷりと、楽しむことができました。
『頭』には、『思考』には、『エゴ』さんには、
このような展開、このような結果は、
決して、知ることはできません。
そして、
『頭』『思考』『エゴ』に、任せていると、
このような、予想外の体験をすることが、
できなくなってしまいます。
それが、『自分』にとって、
ポジティヴなことであるか、ネガティヴなことであるか、
は、置いておいても、
このような、想定外、今までとは違った体験を、
味わうことは、できなくなってしまいます。
ましてや、
まさに、今回の、僕の経験のように、
結果、思いもしなかった、よりポジティヴな、最高の状態になることも、
あり得るわけです。
それを、『頭』『思考』『エゴ』は、
決して、知ることは、できません。
今回の、2度に渡る、猛烈な低気圧の襲来と、
それに伴う、降雪によって、
僕は、個人的に、このような、貴重な体験と、
それによってもたらされた、気づきを、
得ることができました。